Q & A 私達が生まれてくる意図とは 第二章
今回のQ & Aは、1〜3章に分かれています。
第二章
ですから、人類の悲しみや苦しみ、不幸のもとは、わざととは言えないプロパガンダによると言っても良いし、条件付けというところから見ても良いですが、いいか悪いか、または意図的にされたかどうかは別として、真実とは違った思い込みである人類の現実感、また、人類の分離感は非常に強いものであるのです。マスメディアを通しても、あらゆる人々が分離社会だと信じています。また、現実だと信じています。これが物質映画であり、素粒子の海であり、夢のまた夢であり、それでもなお一体なる愛であるということに関しては、まだ気づいている人は非常に少ないのです。仮に知識として知っている方は沢山おられるかもしれません。(特にニューエイジには沢山いるでしょう。) しかし、知識でそう知っていても、社会の考え方自体が分離に基づいています…ですから、どうしても戦ってしまう、怒ってしまう、自分を守ってしまう…それには、五感という作用も働きます。ですから、当然、わんわんたちが吠えたり、動物たちが反撃をするのも、当然その五感からくる自己防衛システムから来るものです…。それは大切なもので、あるべき機能でもあるのですが、しかし、依然、宇宙的真実は未知で神秘であり、一体(愛)であり、素粒子の海であることに変わりがないのです。
しかし、人類はまだそのことを感じることは難しいのです。みなで信じているものの影響はぬぐえません。そして、そのことを知らせよう、知らせようという電子的機能があってくれるおかげで、幸いにも人類は一体であること(愛)を取り戻してゆけるのです…。
もし、愛で生きれなければ、自らの電子は一体(愛)で出来ているゆえに、一体でない考え、一体でない攻撃や戦いや争い、また殺人、そのようなことをしようとすれば、しっかりその人にとんでもない永遠なる問題が生じます…。
今、私達人間は、物質映画のような世界の中で生きています…。本当は、神の夢のようなところかも知れません。その真実は、この世界のすべては、物質、要は分子ではないのです。先生がよくご存知のように、その元である電子が本体です。分子は滅ぶように見えますが、電子や素粒子、もっと小さなものは永遠です。そして、永遠なる、ある意味神の、愛の、万物の部分を今、担っている、すべてはその子達とも言え、最終的に本体に帰るにしても、その美しき世界創りを担っているといえるのです。みながそれに気づけるようになることが人類の美しき悟りであり、その世界に出てくる理由ではないでしょうか…。終わりへの恐れを越えてゆくこと、一体であること、愛を貫くことは美しきロマンであり、万物の子としての誇りです。そのために生まれたにもかかわらず、分離を信じてしまったらば、その人はその人に必ずメッセージをするでしょう…。なぜなら、よくMARTHが言います「あなたの神にさとされる、あなたの愛に気づかされる」本当の事を言えば、あなた自体が素粒子の愛の海で出来ているのです。一体という性質を持った原子で出来ています。ですから、これはどうにもならないのです。あなたがそれと違った分離の価値観を、全人類がその隔たりを信じていても、全人類が一体である愛を深く体得し、愛で出来ているのです。
なぜなら、全人類、全動物たち、全ての樹、花、大地が神の一部である電子という一体のもので出来ているのです。愛で出来ているのです。
ですから、それを変えることは決してできません。ましてや、そこから分離を信じて殺し合い、戦い、様々な、嘘をついて人をはめたり、インチキをしたり、ずるいことをしたり、そのような分離したことをするなら、本質である愛を台無しにするとモーゼは言いました。また、古代の目覚めた人たちは非現実の世界こそが当たり前でした。それより永遠の愛が大切でした。それこそが花さか爺さんの物語でもあり、本質的良心の呵責(かしゃく)というものでもあり、一体の電子で出来ているゆえの私達の素晴らしさであり、愛として守られており、必ず目覚めさせようと自分にメッセージを与えます。とんでもないメッセージすら…。そして、電子のメッセージというのは、目覚めてほしいと想う親心のような愛であり、永遠なるものなのです。
「こいつ(私)はもう見込みがないな、せっかくこの世界に出てきたのに、本質に向かわないのか」というときには、電子はもうこの人は気づきたくないな、自我(分離)の代々の苦しみ、恐れを続けるのだなと判断することもあるでしょう。それは古代から霊斬(れいざん)と呼ばれてきました。それは冗談でも脅しでもなんでもなく、電子の善なる動きのことだったといえるでしょう…。乱れた、その人が電子の美しいハートを失い、分離を信じたり、神の夢のようだと古代から言われてきた未知の中で楽しく生きることを捨て、現実感や恐れが強い場合、電子は軌道を乱し、それによって分子は乱れてしまいます。そこから様々な問題やトラブルが起こってくるでしょう…。
ですから、人のことがどうのこうのと言う以前に、私たちはまず自らの幸せや得のために自らを直さなければなりません。自らが愛の現れである電子に、その自分の本質である、自分を創っている、すべてを一体(愛)の本体である電子の海、素粒子の海として、正しく機能しなければなりません。それが本当の悟りであり、美しき覚醒です。
そのことに気づいて生きるとき、楽しさや喜びの中、殺しや戦い、また傷つけるといったことを自然と人類はしなくなることでしょう。そのときあなたは本当の至福の中に、また美しき至福社会の中に生きることとなります。それを人類は今こそ創ってゆかなければなりません。信長もアッチラ大王も、アレキサンダー大王も、一見成功したように見えた人々がみな滅びていったのはそのためなのです。一体である愛の(神)電子で出来ていること、素粒子の海であること、エーテルの海であることを今人類は本当に研究しなければなりません。そして、本当のことを知って、そして愛で生き、幸せとなり、恐れをこえて、持続可能な喜びの繁栄を手にしてほしいのです。それこそ、人類の素晴らしき急務であるのです…。
MARTH
2019年6月15日
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