Q & A 古代の知識について
Q:MARTHさん、古代のことについて、知識を沢山言う方はいっぱいいます…。しかし、過ぎ去ったこと、終わったこと、私達ニューエイジ、精神世界の人間にとって、本当はたいして価値がないのではないでしょうか。
MARTH:
あなたのおっしゃるとおりです。そこにはなんの価値もありません…。
しかし、もし、ひとつであること、愛や人の命を守ること、動物たちや木々、花々、海、空、大地を大切にすること、また世界を愛すること、そのようなことが伴うのならば、そのために東へ向かう人々や、人を殺めたくないがために家を持たない人々や、動物たちを守るために、木々を守るために、一体であるゆえに世界を愛するゆえに、生きる人々。そのようなことが歴史のなかにあるのなら、それだけは大変な価値を持ちます…。
私が伝えたいのはそのことなのです…。
逆の言い方をすれば、人間の作った地位や名誉、権威、栄誉や誉れ、あらゆるものになんの価値もありません。それは腐敗を招くだけでしょう…。
それはあなたのおっしゃるとおりです…。分離や比較、競争、戦い、ありとあらゆるものに価値など見いだせるわけがないのです…。逆にそのように生きてしまったら、それは、神というものがもしいるのならば、一番の罰となってしまうようなことであるでしょう…。
人が真に成功し、真に豊かになり、真に幸せになるには、愛が必要です…。それがすべての土台なのです…。あらゆる学問、あらゆる知識のもとには、その愛が必要です…。あらゆる人間の営みの土台に、一体である愛が必要なのです…。もし、それがなかったら人生に意味などあるのでしょうか。そのことに人類が気づき、学べるものが過去にあるならば、それは何より大切な、私達人類の宝なのです。 MARTHはそう感じてなりません…。
MARTH
2019年2月26日
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